憂愁のノクターン
“けなす”ほどの欠点とも思えないがなぁ。 この妙齢にしてこの迫力(しかし決して押し付けがましくはない)に圧倒され、瑞々しさには脱帽。
かつて晩年のホロヴィッツが来日した時の演奏に、「ガッカリした、ミスタッチの連続」とボロクソ言ってるピアニストを見たけれど、音楽ってそういうものなのか? と、そのピアニストの感性のほうが心配になったものだった。 見るからにピークを越えた芸術家の、たとえ技巧的でなくともそれでも訴えかける何か。 その背後に感じる何か。 そういうものが連綿と、クラシック音楽を現代まで繋げてきたのではないか?
耳が肥えているハズの人が「ヘタクソ」呼ばわりするのはおかしい。 きっかけ(TVね)はどうあれ、多くの人が、素人でもが、感じ取ったものを公共の場で見下すからには、ご自分の耳と感性に相当の責任を持って発言してもらいたいものだ。
いずれにしても、初めてNHKで見たとき、
「カンパネラを“必死になって”弾いてない人を初めて見た」
と思いました。 弾き終えても当たり前のように平然としていた。“どうだ、弾ききったぞ!”って顔になる人が多い難曲なんですが。
それだけで、伝わるものがあるのが音楽だと思います。
彼女の数奇な運命から「聴いてみようかしら」と思い立つ人にも、充分お奨めできる1枚だと思います。
月の光 ~ドビュッシー / ピアノ名曲集
モニクアースが亡くなって、そろそろ20年くらいだろうか。
亡くなったときは、実に悲しい思いをしたのを憶えている。
印象派と呼ばれるドビュッシーの譜面を、
ここまで忠実に、そして繊細に表現できる演奏家は、
たぶんもう二度と出ないと私は思ったから。
私はこれほど、純粋なドビュッシーを、
耳に入れたことがない。
ふわっと風のように入って、
そして氷の張った湖面にすべり降りるような、
冬鳥のような美しさを感じる演奏。
それはクセのない、しかし主張がある、
確かな演奏だった。
このCDの選曲も、とても良いと思う。
録音がどうしても古いので、
若干、音が気になるが、
それでも、円熟期に入ったモニクアースの、
感性に浸るには十分だと思う。
個人的には「領分」の「羊飼い」が、
羊飼いの羊の呼ぶ角笛の部分の演奏や、
「ベスガマスク」の「月光」の、
アルペジオ演奏は、ほんとに真から素晴らしい。
飾り気のない演奏に、実に華があるいい演奏だと思う。
アガサ・クリスティーのミス・マープルDVD-BOX3
シーズン1のパディントン発4時50分や、シーズン2の動く指などはとてもよいできでしたが、このシーズン3は
上品で物静かなマープルが、やかましいおしゃべり毒舌マープルになってしまっています。
「マープル」という名前だけで、中身は程遠いものです。
無実はさいなむ、ゼロ時間へなどとても良い出来の原作を、陳腐で下品なドラマに改変してしまっていて、少し不愉快でした。
クリスティーが天国で怒っていると思います。
スペインのBARがわかる本―グラナダ・バルの調査記録報告書
この本は真面目にして肩の凝らないスペインのバルガイドブック。スペインのバルについてまとめた本ってそういえばこれまでなかったな。その意味で大変目のつけどころが良い。しかも、目のつけどころが良いだけに終わっていない。この本の面白さはつぶさな調査と分析力にある。
筆者はバル調査の地にグラナダを選ぶ。その理由。「一つは約30万人の人口を持つグラナダという街が、大都市特有の治安の悪さを有するほどには大きすぎず」なおかつ「その一方で都市独特の猥雑性が失われるほどに小さすぎず」しかもひとりの調査にはちょうど良い面積であると考えたからだそうである。全くその通り。しかも、最もわたしが膝頭を打った箇所は「都市の猥雑性」という表現である。あー、がぜん、突然、わたしも1ヶ月くらいグラナダに住んでみたくなった!
バルの立地の分類や、タパスの調査も面白いが、ハイライトはバルに集うおやじ達の行動調査。なんといってもバルの妙はハシゴの妙に尽きる、のではあるが、だからといってあろうことか、ある特定のバルを出た客が次にどこへ行くか、なんとひとりずつ追跡調査を行い、行動分布図を作成したのである。(よく野生動物の調査なんかで行われるように。)その根性には恐れ入ります。発想の面白さを確信していたからこそやり遂げることが可能だったのだろう。
前書きを読めば著者の川口さんは都市学やコミュニティ論を勉強していた人らしい。なるほどね!これまでスペインに長期滞在する日本人といえば、画家とかフラメンコダンサー、ギタリスト、またはテキヤさん(?)などある意味視点が似てそうな人種が多かったのだが(ちなみに私もスペイン在住経験者です)、コミュニティ論がバルと出会うとこんなに面白いことになるのである。
かく言うわたしも毎年マドリッドに行く目的は、バルで無駄な時間を過ごすため、と言っても過言ではないくらい。
アガサ・クリスティーのミス・マープル DVD-BOX 1
新マープルの第2シリーズで最も素晴らしいのは、本来マープルものでない『親指のうずき』です。そして、何がいいのかといえばタペンス役のグレタ・スカッキです。叔母から評価されず、夫にも注目されていないと思い込み、誕生日に夫から貰った車の運転も下手なまま。捜査も推理も早とちりの傾向にあり、酒を飲むことで孤独をまぎらわしている状態なのですが、マープルはそんな自信を失いそうな彼女を支え、最後には「あなたひとりで事件を解決したのよ」と評価するのです。タペンスの自己回復の物語として傑出しています。各エピソードの女優たちの競演も楽しく、原作と異なっていても、それはそれとして、じゅうぶん楽しめます。原作と違ったら二倍おいしいと思えば一興ではないでしょうか。
2010年3月23日からNHKのBS2で第3シリーズが放映されます。本来マープルものでない『無実はさいなむ』『ゼロ時間へ』や、大胆な脚色でマープルが推理のヒントを与えてホテルのメイド、ジェーン・クーパーが大活躍する『バートラムホテルにて』(外国のレビューアーの評価は低いですが、そんなことはまったく当てになりません、大傑作です)、登場人物を絞り込んだ『復讐の女神』が放映されます。Amazon.ukからDVDを購入して先に見てしまいました(日本とリジョンが違います)が、面白いですよ。