何もかも憂鬱な夜に (集英社文庫)
親に捨てられ施設で育った主人公は今は刑務官の仕事をしており、そこで死刑判決に対して控訴しようとしない殺人犯と出会う。
中村さんの小説を読むのは初めてなので他の作品については分からないが、この小説は不定形の若い心が抱える、このまま何者にもならないのではという不安、一方で何者かになってしまうことも不安だという不安定さのリアリティをよく伝えていると思う。この作品を書いた時の中村さんは30代初め、すでに50代半ばとなった私にはうまく思い出せないひりひり感を書き抜いた。
施設での友人の死も、主人公をおおらかに受け止めてくれた施設の責任者「あの人」も、殺人犯の山井の描き方も、どこか型通りで、それをうまくつなぎ合わせてまとめているのではという感想も途中に持ったけれど、「生きろ」というメッセージは伝わってくるし、読みながら時々感じる、生きることにまつわるイヤな感じはリアルだ。これはこの時代を生きる若い人にこそ読まれるべき作品なのでしょう。
掏摸(スリ)
天才スリ師の西村は、かつて一度だけ一緒に仕事をした「最悪の男」と呼ばれる木崎と
再会する。木崎は、再び彼に仕事を強要する。与えられた三つの仕事を期日までに
こなさなければ明日はない。天才スリ師の腕は、おのれ自身を救えるのだろうか・・・。
読んでいて、黒くドロドロしたものを感じる。登場する人物全てが救いのない環境に
置かれている。はい上がりたくてもはい上がれない。その絶望的な状況に、読んでいて
暗い気持ちになる。主人公と最悪の男木崎。仕事を強要する者される者。危うい関係は
いったいどうなるのか?ラストまで一気に読ませる面白さはある。ただ、登場人物ひとり
ひとりの描写が希薄なため、具体的なイメージがなかなか浮かんでこないのが残念だった。
ラストは余韻を残すものになっているが、こういうパターンは何度か見たことがあるので
斬新さは感じられなかった。作者の意図も分かりづらく、曖昧な印象を受ける作品だった。
第2図書係補佐 (幻冬舎よしもと文庫)
普段目にする感性や本書自体のタイトルに惹かれ、購入しました。
あらゆるジャンルの書籍50弱について、それらから想起する又吉さんご自身のエピソードが奔放に綴られています。
書籍ごとにその冒頭で表紙の写真、出版社や価格まで掲載されているので、
気になったらすぐに調べられる助けになっていると思います。
とはいえ「はじめに」にあるように書評の類ではなく、
大半は1冊につき3ページ程度割かれているうちの、最後の数行にその書籍に関する概説がある程度です。
ただし各々ページの最後に短い紹介文の欄がありますので、
物語の導入やあらすじは少しですが知ることができます。
ご自身の過去を振り返る逸話や、徒然なる読みもの、
ご自身の抱えてきたものを赤裸々に、時に淡々と、ひっそりと忍ばせるもの、
一方で一人称で綴った章もあり、
構成としてもバラエティーに富んでいるのではないでしょうか。
それにつられ、読んでいる方もクスリと笑ってしまったり、触発されて色々なことを思い出したり、ほろりと涙を誘われたりしました。
最後の中村文則氏との30ページ以上に及ぶ対談も、
お二人とも本当に楽しそうで、するする読んでしまいました。
特に昨年のキングオブコントで披露された、ピースのネタについての中村氏の考察は、
作家ならではだなあと面白かったです。
さて自由律俳人で有名な尾崎放哉の書籍から始まる本書ですが、
過去の又吉さんの、せきしろ氏との共作本と、ほぼ同じエピソードがいくつか載っていたりしますので、
人によっては少し残念に思うかもしれません。
個人的には「沓子(『沓子・妻隠』より)」と、「変身」、それに「キッチン」の章が特に好きです。
そして「リンダリンダラバーソウル」で、やっぱりほろりと。
また「異邦人」では平成ノブシコブシ(特に吉村さん)のエピソードが入っているのですが、
何とも微笑ましく、又吉さんにとってこの場合の「ダサい」は最大級の友愛のことばのように思えました。
肩の力を抜いて読めるし、ちょっと紹介された書籍も気になってしまう、
まさに又吉さんが目指した通りの一冊になっていると思います。