ドビュッシーこどもの領分 全音ピアノライブラリー
ドビュッシーは技術的に難易度の高い数々のピアノ作品を残しているが、これは私たち一般人でも弾いて楽しむことのできる小品集。晩年に近くなってから授かった娘への愛情がこの曲集にちりばめられており、弾いて「ほっ」とできる・笑顔になれる、そんな無邪気な曲集だと思います。個人的に大好きなのは第4曲の「雪が踊っている」。私に理由を聞かずに弾いてみてください。雪が踊っているってこういうことなのかと気づかせてくれるはずです。
ベートーヴェン:ピアノソナタ第32番 モーツァルト:ピアノソナタ第12番
このところ日本人の女流ピアニストは、まるで日本の(あらゆる)地方都市における美容師/美容院のように数が多いけど、その中でたとえばベートーヴェンに関して定評のあるNさんとかUさんなどの演奏と、この田中希代子さんの32番を比べると、前者にはどうしても、日本人的な湿っぽさとか、もっさり感、切れの悪さを感じてしまう。私の音楽感は、はっきりと、「こんなのベートーヴェンじゃない!」と言う。
対して田中希代子さんの32番は、陳腐な言葉で申し訳ないが、完全に「本物」なのである。音も、フレージングも、曲の構造の再現も。強力で截然(せつぜん、'さいぜん'とも読む)とした演奏、と言ったらいいか…。一つ々々の音がくっきりと、ガツン!と切り立っていて、しかも生命感躍動感がある。
生命感躍動感といえば、この同じCDに収められているモーツァルトのソナタも、第一楽章など、ディスコで大音量で鳴らせば立派に踊れるぐらい、スウィング感がある。また丹波明のソナタも、このちょっと難解な前衛曲が、田中氏独特の力感でもって、十分に、"聞かせる音楽"として完成している。
なお、5つ星はあくまでも演奏に対してである。"録音商品の質"としては、テープの保存状態が悪かったり、当時のNHKの番組の時間に合わせるために変奏の反復が省かれていたりで、相当、評価が低くなるだろう。でも、繰り返せば、日本人女性ピアニストの弾くベートーヴェン後期としては、50年近く前の演奏でありながら、いまだに、(女性とか関係なく)とても希少な「本物」である。かつてベートーヴェンの葬儀に参集した2万人のウィーンの若者たちも、この音なら不満なくのれるはず。
サン=サーンス:ピアノ協奏曲第4番&第5番
サン=サーンスの2つのピアノ協奏曲の弾き手と音楽が一体となった美しく感動的な演奏。
第5番「エジプト風」第1楽章のさりげない冒頭から音色に心がこもっていて、星のきらめきを思わせる速いバッセージの鮮やかさと第2主題での哀しみを帯びたニュアンス、第2楽章での標題音楽的なまがいものさは彼女の真摯な音楽性とピアノの音色によって極上の音楽となり、第3楽章トッカータは彼女の名技が最大に発揮された見事な演奏。
第4番でもピアノの高音部の美しさや軽やかなタッチは冴えていて、ライヴならではのいろいろな不備を越えて音楽は常に喜びを持って奏でられ息ずいている。私達はこのような演奏が今でも聴きたいと思うし、ピアニストならこのような演奏をしたいと思うであろう。
田中希代子―夜明けのピアニスト
才能に恵まれたピアニスト田中希代子を知らなかった人には、とてもよく書かれていて興味深く読めると思います。
しかし当時の世界の音楽界と日本の関係について著者なりの新しい視点が欲しかったし(特にハイフィンガー奏法うんぬんに関するくだりは中村 紘子女史の著述とかぶる事柄が多く関心しなかった)そこでのピアニストとしての彼女のおかれた立場や評価をもっと詳細に調べてほしかったように思う。(例えば演奏会批評やレパートリー、プログラム等の資料も欲しいところだ)
彼女の残した録音もCD化されているもの以外は調べられていなくて完全なディスコグラフィーとは言えないのが片手落ちである。
彼女のファン、音楽愛好家や専門家には少し物足りない内容で残念。
石川庸子さんの「原智恵子 伝説のピアニスト」や青柳いずみこさんの「翼のはえた指」はこういった点からもっと読み応えがありました。
ドビュッシー・リサイタル
田中希代子さんは60年台に活躍されたピアニストですが、病が若い気鋭のピアニストから表現手段を奪い引退を余儀なくさせました。田中さんは引退後は後進の育成に力を発揮され、96年に64歳でこの世を去られました。田部京子さんとかが愛弟子です。いま、AVEXから売り出し中の菊池洋子さんは最後のお弟子さんだそうです。60〜70年台にN響のコンマスをされた田中千香士さんは弟さんです。
さて、この「子供の領分」は、私にとっては思い出のある盤で、私が中学生の頃である70年台前半に親から買い与えられたものです。私は、この盤をきっかけにしてフランス音楽にのめり込んで行きました。録音はそのさらに10年前の61年。70年には既に田中さんの指は動かなくなっていたとのことです。(当時はLPでした。ちなみに今日、当時のLPを手に入れようとするとヤフオクで10万円くらいします)
演奏は、聴いていると自然に体が動き出すような、生理的に無理のない演奏で、かつワイセンベルグのように点描画を描いていくような正確なリズムが緊張感を作り出し、うまいバランスの上に成り立っています。
なお、日本人の女流で、田中さんの演奏に匹敵する演奏はその後見当たりません。(キキ柏木さんという方の演奏は、次点に推薦できると思いますが・・・)