太平洋戦争のif(イフ)―絶対不敗は可能だったか? (中公文庫)
太平洋戦争のあの時、あの場面でああしていれば、日本は・・・という仮説を展開することは、架空戦記の定番である。
日本人が「こうすれば勝てたのに」みたいなことを考えても、負け惜しみというか、「死児の齢を数える」的な繰り言になりがちで、なかなか生産的なものにならない。しかも、どんなに都合良くシミュレートしても、日本は個々の戦闘では勝利しえても、最終的にはアメリカに負けるという残念な結果しか出てこないので、日本をムリヤリ勝たせるために、タイムスリップなどのSF的設定によって未来の兵器・知識を登場させる戦記シミュレーション小説も少なくない。
本書はそうした御都合主義とは一線を画し、太平洋戦争の重要局面における“if”を採り上げ、史実と異なる戦局の展開があり得たかを、学術的に厳密に考察する。
たとえば、
○日本軍が第2段の進攻作戦を実施せずに、基地航空部隊による国防圏内における制空権の確立、海上護衛部隊によるシーレーン保護など守勢に回った場合、どうなったか?(秦郁彦「絶対不敗態勢は可能だったか」)
○太平洋戦争前に、ドイツに呼応する形で関東軍がソ連に侵攻していたら、どうなったか?(土門周平「日ソもし戦わば」)
○真珠湾攻撃において、山本五十六自身がハワイに出撃して現地指揮を取り、港湾施設や重油タンクの攻撃を命じていたら、どうなったか?(野村実「真珠湾攻撃 三つの想定」)
○イギリスを屈服させアメリカを孤立させるという当初の戦略構想に従い、ミッドウェーへ向かう代わりにインド・セイロン方面に進攻してたら、どうなったか?(秦郁彦「幻の北アフリカ進攻作戦」)
○アリューシャン攻略を延期し、ミッドウェー海戦に隼鷹・龍驤の2空母を参加させ、また史実では後衛の主力艦隊に配備されていた重巡群を赤城・加賀・蒼龍・飛龍の空母4隻の前に布陣させていたら、どうなったか?(野村実「ミッドウェー海戦の“イフ”」)
○第一次ソロモン海戦において、三川艦隊が泊地再突入を行い、アメリカの輸送船団を叩いていたら、どうなったか?(横山恵一「ガダルカナル戦に勝機はあったか」)
○レイテ沖海戦において、栗田艦隊が「謎の反転」をせずレイテ湾に突入していたら、どうなったか?(横山恵一「栗田艦隊、レイテ湾に突入す」)
○アメリカが原爆を用いないで、ダウンフォール作戦を決行していたら、どうなったか?(檜山良昭「日本本土決戦となれば」)
など、戦史研究や架空戦記小説において関心の的になってきた有名な「戦況の転換点」の数々を検証している。
この他にも、日本側が史実以上に不利になる可能性なども検討しており、客観的な分析となっている。
これらの論考は、可能性を積み上げることで日本の勝利を夢想して楽しむ類のものではなく、むしろ日本側が最善手を選び続けても勝つどころか「負けないままでいる」ことすら難しいことを論じている。そして、日米の国力差・物量差をうんぬんする以前に、史実における日本軍の戦略構想や作戦指揮が極めて拙劣であり、「負けるべくして負けた」ことを浮き彫りにしている。
名著『失敗の本質―日本軍の組織論的研究』ほどではないが、「失敗学」的な視点が随所に見られ、得るところが多い良書であろう。