藤田嗣治「異邦人」の生涯 (講談社文庫)
あくまで本の評価ですが、藤田嗣治という画家に興味が持てる、おもしろいという意味で純粋に満点。
著述内容の真偽については今となってはわからない部分も多いのですが、「藤田もしくは君代夫人よりの内容」と評価するのがそもそも疑問に思います。
実際そのとおり藤田よりの内容なんですが、長い間「評伝 藤田嗣治」にて随分と否定的な藤田像がまかり通っていたので、その反対側の話も出てちょうどいいのではないかと。
日本人に過小評価されていたのも、藤田が芸術家であるがゆえに当時閉鎖的であった画壇に目の敵にされて、戦争画のスキャンダルを口実に結果的に日本を追われたというこの本の話のほうがいかにも真実っぽくてわかりやすい話。
藤田の戦争画を純粋に一絵画として評価するのと同じように、この本も一つの読み物として評価してみました。
腕一本・巴里の横顔 (講談社文芸文庫)
藤田のパトロンだった平野政吉のことを何か書いているかな、と思って読んだ。あては外れたけれど、〈いい物は、いつまでも生命を保ち、新しいといことである。私には東京に存在する徳川時代の遺物も昭和時代の東京を構成する一つとして見なおすことが出来る。銀座を歩くことよりも、場末の裏町が私に新しいものを見せてくれる。(中略)私の作もこうありたいものである。〉というような素敵な文章に出会えた。
また、交流のあったウトリロ(ユトリロ)やモディリアーニのことなども興味深く読んだ。ドランが「自動車というものは速力が面白いのであって、速力の出ないものは自動車ではない」と豪語して当時最先端のブガッティを乗りまわしていたなんてことをこの本で初めて知った。
日本と日本人に対する辛辣な言葉も随所にある。日本の外にいて、日本を最も愛した日本人だったのかもしれない。盛んに「日本画を勉強せよ」と説いている点も大いに頷けた。
石井好子 追悼総特集 シャンソンとオムレツとエッセイと (文藝別冊)
去年亡くなられた、シャンソン歌手・石井好子さん。
戦後、まだ一般人の自由な渡航ができなかった時代、アメリカに留学し、
大臣の娘でありながら、パリのキャバレーで歌った女性。
フランスでの生活、シャンソン、食べ物、料理。
藤田嗣治をはじめとする芸術家との交流。
さまざまな人が語る石井さんの人となり。
それらを通じて浮かび上がってくる、石井さんの人生。
単なる故人へのオマージュにとどまらず、「石井好子とその時代」とでも
いうべき追悼特集だった。
石井さんの著作は多数あり、そのほとんどは絶版になっているので、
エッセンスをまとめて読める本書は、ある意味貴重。
「オムレツの石井さん」しか知らなかった私の、よき入門書にもなりました。