眼の誕生――カンブリア紀大進化の謎を解く
以前から疑問に思っていたことの一つ、眼のような存在がいかにして出現したのか、という興味から、この著作を手に取りました。読み始めて判ったのですが、この著作の主題は「カンブリア紀の生命の大進化はいかにして起こったのか」であって、その解答として、眼の出現、を挙げているのですね。
訳者が、あとがき、で述べられているように、結論を見るだけではいたって単純かもしれません。ですが確かにこの結論は重要です。眼の出現(誕生)とカンブリア紀の生命の大進化は表裏一体だったのですね。そして眼の出現によって能動的な捕食者が現れて、形態進化をうながす。「いろいろな種類で硬組織が出現し、その結果として多細胞動物の形態進化を後押ししたのは、能動的な捕食者だったようだ。この過程こそがカンブリア紀の爆発だった。しかしその引き金となったのは、眼の出現だった。」(349ページ)この結論に対する科学的な裏づけを確実にすべく、著者は、化石から読み取れること、光の物理的性質に対する丁寧な説明、現代の深海底や洞窟などでの生態系の様子などを、一つずつ確実に積み重ねてゆきます。著者自身の研究による、生物の色素色と構造色の違いや仕組み、原生生物の多様な構造色など、本書の主題とは別に、自身とても興味深く思いました。
本題から少し外れるかもしれませんが、「眼は視覚と呼ばれる感覚を生み出すが、それは眼だけに特有の能力である。環境中には様々な波長の電磁波が飛び交っているが、色はない。色は脳の中にしか存在しない。」(238ページ)この一文を読んだ時、”電磁波には色がない””色は脳の中にしか存在しない”私たち人間が直接認識し得る世界は、ごく限られた世界なんだ、この世界には私たち人間が直接認識し得ない世界が広がっているんだ。何か不思議な気分に襲われました。
カンブリア紀の怪物たち (講談社現代新書)
講談社現代新書のシリーズ「生命の歴史」は、世界の第一線で活躍している研究者に現代新書のための書き下ろしを依頼し翻訳したものだそうで、本書のそのシリーズ第1弾にあたります。
副題が「進化はなぜ大爆発したか」とあるように、本書は5億5000万年程から始まるカンブリア紀に突如起こった「大爆発」、つまり生物の多様性、異質性が爆発的に広がったことををテーマにしたものです。
同じくこのカンブリア紀の大爆発を扱った一般読者向けの有名な本にスティーブン・J・グールドの『ワンダフルライフ』がありますが、本書ではグールドの説に真っ向から対立しているので、本書を読んでから『ワンダフルライフ』を読んでも、またはその逆でも、面白く読めると思います。
個人的には『ワンダフルライフ』は冗長だと感じたので、学説の適否は置いておくと(どのみち素人にはわからないし笑)、本書の方が読みやすかったです。
巻末に用語集を付けてくれているのも○。
個人的には必要ないが、専門文献や化石の産地の紹介も付けてくれていて親切だと思います。
古生物や生命の進化に興味がある人は必ず楽しめるでしょう。
フィールド古生物学―進化の足跡を化石から読み解く (Natural History)
本書は,4章立てになっているのだが,4章それぞれの内容が全く毛色が違っていて,一風変わった書であるが,面白い.
まず,1章は,著者の今までの古生物・現生生物の研究の経験談が活き活きと描かれていて楽しい.特に,研究の方法としては,仮説を立て,それを立証するために色々と工夫をして研究している様子がよく目に浮かぶ.古生物学は,決して「発見の学問」ではないということがよく理解できる内容になっている.エッセイ風ではあるが,被食−捕食関係などの知識が厳密に身に付き,勉強になる内容になっている.
2章は打って変わって,厳密な棘皮動物(特にウミユリ)の生物学的特性や特徴,ボディープランの解説となっている.私自身は,知らないことだらけだったので勉強になった.棘皮動物とは,面白い動物だなというのが感想である.
3章は,一番教科書的な内容になっているが,地質時代の大きなイベントに絞って解説されているので飽きない.また,古生物学を研究する身であれば,最低限これ位の知識がないといけないというような内容になっているが,私自身には目からウロコの内容が多くあり,非常に勉強になった.と同時に,自分自身の不勉強さを反省させられた.
そして,何と言っても,著者のオリジナリティーが一番よく表れているのが4章である.4章自体は短いが,著者の魂のこもった研究哲学が,謙虚に熱く書かれている.私自身は,古生物学において,地味ではあるけれども重要な仕事(生層序学や記載・分類学など)が,昨今軽視されている現状に不満を抱いていたので,著者の主張に諸手を挙げて賛成である.これ以上書くとネタばれになってしまって内容を詳しくは書くことはできないけれども,著者の主張一つ一つがどれも的を射ていて(少なくとも,私には賛成できる主張ばかりである),古生物学を専攻する若手研究者に是非読んでもらいたい.
1章から4章まで,どれをとっても非常にユニークな内容になっていて,星5つである.