クリスタルサイレンス〈上〉 (ハヤカワ文庫JA)
リアルすぎてなんだか恐ろしく感じた。
物理世界と仮想世界の境界があいまいになった近未来。
物理世界に生まれた人間サヤはアバターを媒介して仮想世界にアクセスし、
仮想世界で生まれた「人間」である人工知能は生身の人間を「ウエットウエア」
として使い、物理世界にアクセスする。
物理世界も仮想世界もともに「現実」である。
はたして、人間と同じ思考プロセスを持つようになった人工知能は「人間」と
言えるのか?
人間とは、いったい何なのか。
そんな事を考えながら読みました。
遠乃物語
「クリスタルサイエンス」「ハイドウナン」の藤崎信吾は、米国メリーランド大学で海洋学を修めた本物の科学に裏付けされた本格的SF作家である。その著者が、本書では民話の故郷「遠野」における不思議な物語を巧みなストーリー展開と秀逸な表現力で描いている。
著者のことだから、民話の不思議な現象を科学的に解明するのか?と思い読み始めたが、淡々と民話の世界に入って行ったのは意外ではあったが、読後は科学を突き詰めた著者ならではのメッセージと妙に納得させられた。
SF作家藤崎信吾が、満を持して新た境地に挑戦した意欲作である。これからの著者の活動に大いに期待が高まる。
鯨の王
日本近海の深海底から未知の鯨類と思われる死骸が発見され、その調査に乗り出す主人公の周りで奇怪な出来事が… と言った陰謀めいた雰囲気を前面に押しだす形で始まっていく本書であるが、そこに変なヒネリや思わせぶりでトリッキーな描写はなく、実に読み進めやすい軽妙な筆致で一方の主役「ダイマッコウ」へのアプローチが描かれていく。
手に取った当初の予想に反して、深海テーマに有りがちなハードサイエンスや未知動物に対する学術オタクで冗長な記述は見事に抑えられており、代わりに荒唐無稽で子供っぽいとも言える冒険アクション的な展開を随所に投入していくことで、堅苦しさの取れた楽しい読み物に仕上がっている。
反面、本来ならアクが強いという設定で描かれているはずの主要人物やその背景は非常に平坦で、魅力と印象に薄いのが難点。
各章の振り割りと場面転換にもあまり意味が感じられなく、メリハリと緊張感に乏しい進行は本の厚みに比して読後感に欠ける内容に感じられてしまうのが残念である。
また、上にも書いたようにハード寄りで割とアカデミックな内容を期待していた方には、かなり中途半端でむやみに道具立ての多い話に思えてしまうことだろう。