世の中への扉 戦争を取材する─子どもたちは何を体験したのか
戦争の傷を、心に体に受けている子どもたち。
爆撃で親やきょうだいを、地雷で足や手などを、さらに希望や感情を失っている。
154センチの小柄なジャーナリストは、カメラとノートとペンを持って、その現実を世界に伝え、平和な未来へと。
その途半ばで、銃撃されて亡くなった。
娘の死を受けて取材に応じている父親も元新聞記者、その影響を大きく受け、伝える仕事へ。
1年前に、小学上級以上の10代向けに出された本。
戦争の最前線にいる子どもたちの姿を想像したい。
同時に、そこにいた彼女のことも。
紛争・戦争の最前線で取材を重ね、いのちの尊さを、
いのちをかけて伝えた日本人ジャーナリストがいたことを本書の記憶とともに歴史にしっかり刻みたい。
ぼくの村は戦場だった。
終章、著者の山本さんの言葉。「政治家の汚職、天然資源を巡る利権、麻薬、武器の密輸・・・。世界中に溢れるタブーの地雷。その地雷に触れたとき、ジャーナリストであっても命の保証はない。これは報道人としての職業上のリスクと言える。しかし、泣き寝入りはできない。後に残された者たちが追求と告発の手を緩めずに立ち向かっていくのだ」。凄まじいジャーナリスト魂。
本書においては権力の不正の告発、というよりは虐げられた人々の実態を世に伝えること・「告発」のほうにむしろ注力しているように思われました。アフガニスタン入国時から女性である著者自身が味わうタリバンの女性弾圧の実情。ウガンダの反政府組織による民間人迫害。正視に堪えられない写真の数々。コソボで両足を失い、幻肢痛に苦しむ13歳の少年。サマワで聞く自衛隊への怨嗟の声。
戦争・紛争で常に苦しむのは弱い一般の民間人であること。「なぜ、こんなことが・・・」。理不尽さへの著者の怒り・悲しみがストレートに伝わってくる本です。あらゆる紛争地域を訪ね歩き、過酷な現実をたくさん目にしてきたであろう著者の目線・語り口には、「仕方ないことだ」という諦観は全く感じられません。終章のサマワ取材後はすぐレバノン入り、ヒズボラとイスラエル軍の衝突取材。著者の追及と告発は続きます。
中継されなかったバグダッド-唯一の日本人女性記者現地ルポ-イラク戦争の真実
「戦場ジャーナリスト」というと、どこか“戦争フェチ”というか「極限の緊張下でこそ生きがいを見出す無鉄砲者」的なイメージでくくられがちですが、山本美香さんは真逆。穏やかで、控えめで、慎重。とても日本人的な女性が、苛烈な戦場から沈着なレポートを発信し続けているのです。
その気質のほかに、山本さんはジャーナリストとして二つの大きな武器を持っています。ひとつは、まず「女性」であるということ。もともと男社会である紛争地域での、きわめて男性的な権力闘争。その「男社会の負の部分」に、女性だからこ柔軟に切り込み、男性には持ちづらい「生活者目線」での取材ができるのです。
そしてもうひとつは、「フリー」であるということ。ジャパンプレスという独立系メディアで活動する彼女は、大メディアに属さないからこそ、縛りのない、かつきめ細やかな取材ができるのです。どんな過酷な(安全的にも、資金的にも)条件下でも、ビデオカメラ一台で縦横に戦地をめぐる彼女。
彼女を見ていると、ジャーナリストは本来フリーであるべきではないか、と思えます(福島原発事故報道でも、良い働きを見せたのはフリーの記者でした)。そして女性であるということが、男社会だからこそ重要な意味を持つのではないかと、本書を読むほどに確信します。
残念なことに、このレビューを書く前に彼女はシリアの地で取材中に亡くなりました。日本のメディアにとって、大きな損失です。そして、本書が著された9年前から、(ブッシュもフセインも去りましたが)戦火は絶えることがないという世界の現実に、がく然とする思いです。