蒲団・一兵卒 (岩波文庫)
これまではテキストを読むこともなく、文学史に関する断片的な知識のみで『蒲団』(1907年発表)イコール自然主義/私小説イコール中年男(主人公である竹中時雄)の性欲描写みたいな図式を鵜呑みにしてきましたが、今回初めて一読、どうしてどうしてこれは中年男のプラトニック・ラヴを描いてある意味極めて直截かつ瑞々しい傑作であると感じ入りました。徳川時代の遺風として未だ男子(家長)としての体面や面子が重んじられていたであろう当時の日本社会において、これだけの心情暴露をなすというのは大いに勇気の要ったことでしょうし、そうした因習との対決的緊張感が全編に一本の「芯」を与えているようにも感じます。(即ち、テキストを読まずしてイメージだけで論ずることの無意味さに改めて気づかされました。)
「美しい顔というよりは表情のある顔」(20頁)
「これはつらい、けれどつらいのが人生だ!」(27頁)、
「どうせ、男に身を任せて汚れているのだ。このままこうして、男を京都に帰して、その弱点を利用して、自分の自由にしようかと思った。」(90頁)
「性慾と悲哀と絶望とが忽ち時雄の胸を襲った。時雄はその蒲団を敷き、夜着をかけ、冷めたい汚れた天鵞絨の襟に顔を埋めて泣いた。」(104頁)
併せて収録されている「一兵卒」(1908年発表)も脚気衝心で日露戦争の戦場に落命する一兵士の姿を描いて悲痛。この当時、このような反戦小説(と云ってもよいでしょう)が書かれていたことにもある意味驚かされました。