日本文化における時間と空間
2008年12月に89歳で亡くなった文芸評論家・作家の現在のところ最後のまとまった著作。大学での講義録を基本にしているので、その語り口は平易だが、奥は深い。
日本文化の特質を、文芸特に古事記、万葉集、古今和歌集などの古典文学、絵画、建築、政治思想など、また中国、ヘレニズム文化まで縦横に引用して論じた書。まさに知の巨人に講義を受けているような気になり、下手な大学の授業を受けているよりこの本を読んだ方がいい。
文化を時間・空間の概念で区切って論じるのは、門外漢には範囲が広すぎて最初やや唐突に感じられるのだが、読んでいるうちにぐいぐいと引き込まれる。文化・文芸から社会学的な領域までカヴァーするのは、まさに真の教養人(専門領域だけにとどまらない、更に著者は医師でもある!)とは何かを示してくれる。今後も読み返したい一冊だ。
日本文学史序説〈上〉 (ちくま学芸文庫)
加藤周一という人の著作はこれがはじめてだったが、読んでいくと、非常に詳細に包括的に作られている議論だという気がした。最初の章で論述上の理念型を示し、その手法を具体的な史実や著作物の分析に敷衍して話を進めていくのだが、その話の語られ方を見ていると、例えば内容的には非常に近い唐木順三の「日本人の心の歴史」とは好対照なのに驚く。唐木順三の文章が日本的な心情に自らの思想を沈潜させて進むのに対して、加藤周一の文章はまるで自分が外国人の日本文化研究家のような距離感を保って筆を進めている。ドナルド・キーンの「日本文学史」に読み応えが似ている。他の人のレビューにあるように、多くの外国語に翻訳されるのがよくわかる。
そんなふうで、読んでいくと新鮮味があった。外来/土着、上昇型知識人/下降型知識人といった座標軸で議論を空間化させて示して見せるのも、こういうのが合理的な議論の進め方か、という手触りがあった。しかし読後感は、幾分あっさりした感じだった。
下巻はどんな風に進んでいくのか、楽しみ。
しかし それだけではない。/加藤周一 幽霊と語る [DVD]
本当に頭の良い人は、難しい事を難しく言わない、加藤周一さんの語りを聴いて、しみじみそう思いました。
加藤周一さんと言えば、必ずと言ってよいほど評論文が入試で採用され、その難解さに閉口した記憶があります。
この映画を観る前は、話について行けるか心配していましたが、それは杞憂でした。加藤周一さんの話し言葉は、とても分かりやすいです。そしてその主張には、必ず反論できないごもっともな理由付けが用意されてます。
なぜ戦争はいけないか。それは戦争で一時富を得たとしても、死ぬとき望むことが家族の将来だからだ。自分の人生の最後の一瞬に、戦争を望むひとは誰もいないからだ。これを言われたら、誰も反論できないと思いました。
自ら戦争を経験し、そして世界を渡り歩き、日本を客観的に評価できる彼の言葉を埋没させてはいけないと思いました。
加藤周一を読む――「理」の人にして「情」の人
『加藤周一自選集』(全10巻、岩波書店)のあとがきを
補足・拡大して生まれたのが本書です。
加藤氏は文学、美術、政治・社会など幅広い領域で活躍されたことも伝える一方で、
本書は「変化と持続」、「時間と空間」、「戦争と知識人」など
加藤さんにとっての運命の主題である「日本人・日本文化とは何か」を深めてきた点を強調しています。
また、加藤さんを森鴎外の継承者と見なしているのは
今までにない捉え方だと思いました(第9章、312頁)。
副題が「「理」の人にして「情」のひと」とあり、
家族・身内を大切にした人柄を伝えていますが、
それに加えて『論語』の中の一頭の牛を助ける件を
載せればより「情」のひとを打ち出せたのではないかと思います。
『自選集』10巻へのガイド、もしくは加藤さんの仕事を知るための序章になると思います。
日本 その心とかたち 加藤周一 [DVD]
平凡社から刊行された10冊本は読んでいたのですが、映像は見ていなかったので、発売されたことを知った時は、とても嬉しかったです。
日本の文化は素晴しいという日本人は数多くいますが、いざその美点を挙げるときに、日本の文化の魅力を具体的に語ることができる人は、それほどいません。しかも、そのうちのほとんどは自分の専門については詳しくても、全体の有りようを語れるわけではありません。ですから、この番組の成立は、加藤周一氏を抜きにして考えることはできないと思います。
なお、NHK教育で放送された優れた番組はまだまだ数多くあるので、そういった物もできるだけソフト化してもらいたいものです。
ほかの方も書いておられますが、価格が高いのが欠点です。
自分で購入するのが難しい方は、DVDを揃えている地元周辺の公立図書館へ、買ってくれるまでリクエストをしましょう。