バルトーク:ピアノ協奏曲第1番&第2番&第3番
バルトークの残した3曲のピアノ協奏曲を、それぞれ現在最もベストと思われるピアニストで録音してしまった豪華盤です。デビュー時からDG専属のツィメルマンと、DGに移籍したばかりで売り出し中のグリモーはともかく、アンスネスはEMIのピアニストであり、わざわざこの企画のために引っ張り出してきたからには何かあると思わざるを得ません。そして、演奏内容はそれを裏付けるものになっています。
第1番はピアノを打楽器として使用した画期的な作品です。ツィメルマンは彼らしい精緻なピアニズムで弾いていますが、全体として抑え気味のトーンになっているため少々不満が残ります。第2番は爆発的なエネルギーを秘めた曲で、ここではアンスネスが従来の彼のイメージ-静謐でリリカル-を打ち破る情熱的な演奏をしています。このためにアンスネスを引っ張り出したのか、と納得するでしょう。第3番はバルトークがピアニストだった妻のために書いた作品で、そういった意味でも女性ピアニストが演奏する意義のある曲ですが、グリモーの演奏はいつもどおり硬質な音色が主体になっており、ともすれば剛直に思え少々違和感がありました。ただ、第2番からのシークエンスを考慮すると、このような演奏解釈は悪くありません。
それにしても、一番驚いたのはジャケット写真でしょう。これだけ豪華なピアニスト陣を擁しながら、ブーレーズのドアップだけ。おじいちゃんにはかないません。
ホライゾンズ~ピアノ・アンコール集
「安心寝す」かと思うほど、もう気持ちのいいこと。夢心地で何回も聞いています。飽きないし、心地よい。北欧の森林浴とはこのようなものなのかと感じます。自然で飾らず、スーと気持ちをやわらげてくれます。温泉に浸かっているみたい。珠玉の名曲ぞろいで、どの曲も弾きたくなる。弾けそうな気にさせられる。こんな弾き方ができれば、どれだけたくさんの人を至福の世界に誘うことができようか。感謝です。こんなピアニストがまだいたのですね。気分を少し変えるような曲を入れて変化をしのばせる心憎い計らいも素敵です。とにかく最高の一枚です。
ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第3番&第4番
アンスネスとパッパーノ指揮ロンドン交響楽団によるラフマニノフ。このたびの2009年及び10年録音の第3番&第4番により、ピアノ協奏曲全曲が揃ったことになる(先行した第1番と第2番のオーケストラはベルリンフィルだったが)。私にとって、2000年以降にリリースされた全集では、ルガンスキー、ハフ以来の注目すべきラフマニノフと言える。
なんといっても美点はアンスネスのピアノ。ダイナミックで流麗。淀みがなく、沢の水のように地形に沿って滾々と落ちていくような感じ。かといって必要な場所では内側から盛り上がるような強いパッションを捻出し、鍵盤に展開させてくる。だが、ラフマニノフではオーケストラも非常に重要だ。
2曲の収録曲のうち、第4番が特に素晴らしい。この曲は作曲家ラフマニノフの技巧的な部分と、浪漫的な部分が入り混じった一筋縄ではいかない作品だと思うけれど、まずパッパーノの指揮がこのようなスタイルの曲にあっている。パッパーノは、いろいろと細かいアヤを混ぜたアプローチを繰り出すタイプの指揮者だと思うが、第2番や第3番のような息の長い旋律を扱う曲では、そのクセがやや過剰に聴こえる部分もある。けれども、第4番ではそれが曲を聴く際の「悦楽」に、大きく作用している。その結果、聴いていてこの曲の持つ変幻ぶりがことさら楽しい。小さなクライマックスにも機敏に反応して、曲のパッセージごとにうまいまとまりを与えている。もちろんアンスネスのピアノも素晴らしく、機敏な曲想の変化に対応し、オーケストラともども鮮やかな息吹を音楽に与えている。
第3番はそういった意味で、(私の好みで言えば)少しオーケストラのアヤが発色し過ぎているようにも思うのだけれど、もちろん問題というレベルではない。滔々と音楽が流れるわけではないが、流れは不自然ではなく、変化に富む印象とも言える。テンポはいたって常識的だ。
第3番の第1楽章カデンツァで連打される和音は、適度に中庸の重みがあり、我を忘れないしたたかな音楽性を感じさせる。第2楽章はメランコリーなオーケストラとクールなピアノがなかなか合っていて、ほの暗くも透明な感触がある。今回の第3番でいちばん印象的なのは第3楽章で、ここはパッパーノの指揮の下、オーケストラの縦横な活躍ぶりが楽しめる。アンスネスのピアノもスポーティさを増し、力強い帰結に至っている。
EMIの録音が、やはり少し分解能が悪いのがもったいない。これが往年のデッカの録音だったらと思うけれど、それこそないものねだりだろう。
世紀のピアニストたちの共演~ヴェルビエ音楽祭&アカデミー10周年記念ガラ・コンサート・ライヴ [DVD]
以前NHKのBSでも放送されたヴァルビエ音楽祭のライブDVDです。出演者はレイフ・オヴェ・アンスネス、ニコラス・アンゲリッチ、エマニュエル・アックス、エフゲニー・キーシン、ラン・ラン、ジェームズ・レヴァイン、ミハイル・プレトニョフ、スタファン・シェイヤ、ミシャ・マイスキー、ギドン・クレメール、今井信子と豪華絢爛。
収録曲は全10曲ですが、中でも8台のピアノで奏でるワルキューレの騎行(ワーグナー)やくまばちは飛ぶ(リムスキー・コルサコフ)は圧巻です。
内容は五つ星ですが、国内版はまだまだ高価なので四つ星にしました。輸入版(ASIN: B0002YJ29O)もRegion Allなので日本のDVDプレーヤーでかかります。さらにボーナストラックの練習シーンや解説は日本語の字幕が選べて、国内版と大差なく楽しめて価格は2/3ほどです。これからご購入の方には輸入版がお勧めです。
ブラームス:ピアノ協奏曲第1番
常々、世の中タイミングの不運というものがある。三国志の呉の名将、周瑜は、同じ時に生を与えられた孔明との運命を天に問うたそうだが、そんな話はザラである。2000年に無敵を誇り「降臨」と形容された競走馬、テイエムオペラオーは、その年、5つのG1レースを制覇したが、そのうち4つのレースで2着に終わったのがメイショウドトウだった。さぞかしメイショウドトウは思ったことだろう。「天はなぜテイエムオペラオーと同じ時に我が生を与えたのだ」と。
なんで、こんな話を書いたかと言うと、このディスクについて、私は似たような思い出があるからだ。このアンスネスとブラームスの演奏、立派な名演なのだけれど、ほぼ同じタイミングでポリーニとアバドによる同曲のリリースがあった。それなので、CDショップにいってみても、特価で輸入盤が積み上げられているのは、ポリーニのディスクばかりで、アンスネスのこのアルバムは、リリース早々に、「ブラームス」のタグのついた棚への移動を余儀なくされていた。私の記憶では、当時の専門誌やフアンの投票でも、ポリーニ盤が話題を圧倒し、このアンスネスのディスクなんてほとんど取り上げられなかったものだ。
ところがこのディスク、傍流に置いておくにはあまりにもったいない素晴らしい内容なのである。
アンスネス(Leif Ove Andsnes)は1970年生まれだから、このディスクが録音された1997-98年にはまだ20代であった。しかし、堂々たるブラームスを展開している。アンスネスはこの協奏曲からロマン派特有の濃厚なテイスティングを引き出しているわけではない。むしろその主眼は詩情の自然な発露にあり、詩的で、時に激しさを伴った歌に満ちたアプローチだと思う。白熱する要素も十二分にある。両端楽章は力感に満ちた表現が随所に溢れていて、激性豊かで、この規模の大きい楽曲の「決め所」を外さない心地よさがある。しかし、楽想をスピードにまかせて弾き飛ばすようなことはなく、感情が覆い尽くすような方法論はとられていない。いつだって一定のクールさがあるのだ。(ラトルの方がむしろ熱っぽい印象を受けるが)。
ラトルの指揮は情熱的だが、EMIの録音のせいなのか、やや弦楽器陣の響きに奥行きが乏しいのが気にかかる。とはいっても全体の良好な印象を覆すほどの欠点にはなっていない。素晴らしい演奏、と言っていいだろう。
末尾に収録された「3つの間奏曲」も美しい佳演。思索的で、時に少し踏みしめるように進む音楽は高雅な雰囲気。十分にこれらの曲らしさが表出している。