極私的メディア論
この本を書店や図書館で見かけた人は,手に取って137ページを開いてほしい。2人の男性が並んで写っている写真がある。右側の男性は著者。では左側の男性は誰か? その人は,何年か前,一時期頻繁にメディアに出た人だから,多くの人はTV・新聞・雑誌を通して一度ならずとも見たはずである。でもおそらく誰だか分からないだろう。ちなみに「答え」は本書のどこかに記されている。
立場が違えばものの見方も変わる,とよく言われる。このことは本書でも再三述べられる(p.166,p.206など)。今さら言われるまでもない,と思われるかも知れないが,上記の写真を見れば,この言葉の意味をリアルに感じることができるはずである。
とはいえ,「人それぞれだよね」というのは単なる思考停止ではないのか? 結論から言えば,この批判は間違いだ。読めば分かるが,「人それぞれ」というのは結論を示しているのではなくて,むしろ議論の出発点を確認しているのである。この意味で,本書はある特定の立場から1つの見解を支持・主張するものではない。少なくとも,「あり得べき他の見方」が常に念頭に置かれている。だから堅実で綿密な文章に仕上がっている。
本書は月刊誌『創』の連載(2005年7月号〜2010年5月号)を加筆してまとめたものである。内容は身辺雑記とメディア(特にTV・新聞)批評。具体的な内容は,死刑制度,北朝鮮拉致問題,犯罪報道そしてオウム問題などである。月刊誌の連載だから,当時の時事的な話題も当然入っている。私は本書の見解のすべてに賛成するわけではないし(もしそうならば読む必要がない),本書の中には誤っていると思われる主張も見られるが,そういった事情は本書を評価するうえであまり重要ではない。前記のとおり,本書は結論を重視する本ではないからである。問われているのは,何を,どう考えるかである。