内部の真実―日影丈吉傑作選3 (1978年) (現代教養文庫)
太平洋戦争末期の台湾を舞台に、恒子と言う女性の庭で起こった殺人事件の模様を、濃厚な異国情緒と複雑な恋愛模様を背景に綴ったもの。二部構成になっており、作品の殆どを占める第一部は事件関係者でもある軍曹の小高の手記と言う形で示され、第二部は小高の死後、別人の一人称で語られる。作者は台湾での従軍経験があった模様で、軍隊組織や台湾の地理・風物等が木目細かく描写され、物語に独特のリアリティを与えている。
いきなり事件現場から始まり、射殺された苫と言う曹長、昏倒していた名倉と言う炊事係、そして二挺の拳銃が夜の恒子の家の庭と言う密室的状況で発見された事が示される。二人共、恒子に劣情を抱いていたらしい。名倉が苫を射殺したなら話は簡単だが、名倉が所持していた銃は未装填、苫の傍に落ちていた銃は一発だけ発射された跡があるが、二挺共に指紋が残っていない。軍の銃弾管理(実包)上も名倉犯人説は成立しない。そして、事件当時の庭に居たと判明する第三の人物。だが、第三の人物の存在を考慮しても、銃弾の謎は解決しない。第四の人物を仮定すると密室的状況が益々強くなってしまう。この辺りの謎の畳み掛けは巧い。ここで、謎解きに専念しない所が作者の持ち味なのか、小高の回想談を交えて、往時の台湾の社会状況、事件の背景等が悠揚迫らぬ筆致で語られる。特に、玉蘭の花の香り...。
最後に明かされる真相は、ある意味シンプルだけに、却って作者のアイデアに感心させられた。「内部の真実」と言う題名が示唆するかの様な、芥川「藪の中」を思わせる事件決着のさせ方も趣きがある。事件が起きたのも闇の中、真相も闇の中、そして人間の心の中も闇との意匠が光る。