ダック・コール (ハヤカワ文庫JA)
いずれの短編も野鳥がモチーフ。読み始めはバードウォッチング的でなんとなくオタクっぽい感があったが、超ハード派作品であった。特に「密猟志願」。冒険、狩猟、死、厭世、温もり。読み終えた後、ジーンときた。切なくなった。稀有なストリーを素晴らしい文章で伝えてくれている。目から入る映像ではなく、脳のイメージでなければ感じ取れないだろう。
ダック・コール
稲見一良が山本周五郎賞を受賞した作品。 ブラッドベリの「刺青の男」にヒントを得たという連作小説だが、全6編のどれもが美しく切ない。 思うに小説だけでなくすべての創作物がそうだが、価値観の提示にこそほかならないと考える。何が美しく、何が醜いか。世の中をどう判断し、どう行動するかを、その作者なりの角度で捉え、発表するのが創造だ。
本書の中の1編「ホイッパーウィル」は、女性の1人もでないマンハントを描いたハードな中篇である。自分は稲見一良のもっとも濃い部分をこの中篇から感じる。彼が憧れ、美徳とし、また醜悪と感じた世の中の全てが凝縮されているような気がする。登場人物全てが真っ直ぐで、象徴的で衒いなく人生に切り込んでいく。そしてここには作者の価値観がハッキリと明示されている。 美しく厳しい自然。善悪の両面をそなえた人間。容赦ない社会の重圧。生ける物を襲う困苦。そして自尊心と誇りを失わない姿勢。
別の短編「デコイとブンタ」でもそうだ。 「密猟志願」「パッセンジャー」においてもそうした作者独自の、しかし普遍的な価値観が提示されている。
決して楽天的なロマンチストではない作者は、世の中の厳しさ不毛さを描いた上で、なおも輝きを失わない、理想や憧憬を描いている。
作者、稲見一良が見続けた人生は経験に裏打ちされた確かな手ごたえがある。小説を読む醍醐味、豊かな人生を知る醍醐味。その両方を味わえる本書。あまりに再読しすぎて自分はすでに3冊目を持ち歩いている。