ウルフガイ 10 (ヤングチャンピオンコミックス)
前巻の最後で、己が能力を開放して愛する青鹿先生を救う決心をした主人公の人狼犬神明。
単行本化を待って読んでいる作品ですが、宿敵羽黒との決着はまたもや次号以降に持ち越されそうです。
監禁され酷い仕打ちを受けた青鹿先生の様子や羽黒が犬神迎撃用に要塞化したホテルで見る邪悪な物、そして犬神が心ならずも生き物を殺めるシーン等、前号までのレイプシーン同様読んでいて辛い描写が続きます。
この巻も最初の部分と最後に少し暗雲が晴れる描写が有るのですがそろそろ読む側も疲弊して参りましたので次号辺りでの決着を望みたいのですが、かなり原作と異なる進行と設定が増え、作者が次に何を描こうとしているのかも気になります。
配下のヤクザ達が羽黒に従う理由が単なる恐怖心からでは無く、一種宗教的な熱狂を帯びている事がこれからの犬神と青鹿先生の辛い闘いを暗示して居ます。
p.s.余談ですが、後半、やたら「凶気」と言う単語が出てきますが、これは「狂気」だとなんらかのコードに引っ掛る為に作り出された造語でしょうか。
ウルフガイ 2 (ヤングチャンピオンコミックス)
原作ウルフガイシリーズでは、どうしても避けられない女性の濡れ場シーンを、女性作画ながら、本当に手抜きしないで絵にしていると思います。魅力的な女性キャラクターを上手く使って、アクション重視のストーリーへ、もう一花咲かせることに成功していると思います。セクシーな女性キャラクターのあらわになった姿の作画には、必見です。
Ballade
布施明さんによるバラードのカバーです。
入っているバラードは好きな曲ばかりです。
辛口の意見もありますがあの曲を布施明さんが歌ったらどうなるだろう。
想像してこのCDを購入しました。
やはり布施明さんの歌だ・・・・。
購入して結局感動しました。
今では好きなアルバムのひとつです。
さらにおすすめは
DO MY BEST
も気に入っています。
e文庫 『地球樹の女神-最終版-』 平井和正
「その日の午後、砲台山で」には驚いてしまった。
初読ではない。再読だ。初読の時には、いったいどうして特段の感銘も高揚も感じたおぼえがなかったのだろう。
「女神変生」のように、「ウルフランド」系列なまま終始したように思い込んでいた。タイトルの印象のせいもあるかもしれない。PC上でのみ、読みづらさのために斜め読みっぽく読んでしまっていたのかもしれない。
今回はモバイルで、スマートフォンを活用して読んでいた。仕様なのか、そのつもりもないのに段組になっていたのだが、それももしかしたら奏効していたのかもしれない。活字がぎっしり詰まっている方が、平井和正の小説を読んでいる気にさせてくれる。
最初のうちは、記憶のイメージ通りだった。作家・平井和正のモノローグとして始まり、「幻魔大戦」のキャラクター、「地球樹の女神」のキャラクターと遭遇する。この辺りは、「あとがき小説 ビューティフル・ドリーマー」で通過済みだ。
波紋疾走感覚が走り出したのは、スーパー化して、四騎忍として一人称「おれ」で動き始めてからだ。
もちろん、あの少女、木村市枝の威力もあったかもしれない。市枝はいつも不動の存在だ。「幻魔大戦deep」においてもそうだった。市枝がそうであり続けてくれることは希望や安心を与えてくれる。
「ボヘミアンガラス・ストリート」は一人称「僕」が相応しかった。「アブダクション」の三人称「少年」は疾走感覚に没入することを妨げていた気がした。今回、スーパー平井和正の四騎忍が初めて一人称「おれ」で登場した――この「四騎忍の冒険」を読んで、ああ、なんだ、ちゃんと走れる……と感じた。平井和正には本当に「おれ」小説がよく似合う……
これなら、つい数週間ばかり前、たぶんもうアダルト・ウルフガイが再起動しても、それはやはりちがうものだろう……と悲観していたのだが、そうと決めつけるわけにもいかないのかもしれない。
そう、読み終わるのが凄く勿体なくて仕方がなかったのだ。久しぶりだ。再読した「ボヘミアンガラス・ストリート」でも「アブダクション」でも、ついにそれを感じることがなかった。「地球樹の女神」だけは少し異なっていたが、それは単に後藤由紀子にまだまだ未練があったからだろう。
読み終わるのが惜しくて仕方がない……こんな面白い小説を、と、まさかこの「その日の午後、砲台山で」の再読で感じることになるとは、思いもしなかった。
やっぱり、平井和正は端倪すべからざる、なんだよ、と思った。まだまだ、きっと。
ウルフガイ(12)(完) (ヤングチャンピオン・コミックス)
連載4年以上、12巻に及ぶ本作、遂に主人公の人狼「犬神明」と本作「負」の主役「羽黒獰」との戦いが決着を見せます。
真に超常な存在に触れて生まれて初めて恐怖を覚えた事により悩み暴走し、最後は魔に取り憑かれるまでに狂乱した羽黒のベルセルクの使徒を思わせる壮絶な最期には言葉を失いました。
7巻目位までは過去最高のコミカライズに思えた本作ですが、終盤は平井作品特有の人類に対する負の描写、主に女性に対する凌辱が延々と続き、読んで疲弊してしまう時期も御座いました。
この巻でも青鹿先生以外の犬神に関わったクラスメイト達の悲惨なその後が描かれた終盤の3頁、特に竜子の救いの無い末路にも非常に苦い物が有りました。
エピローグでは続編が匂わされて居り、本来なら胸が躍るべきなのですが、原作では更に酸鼻を極めた『狼の怨歌』が、本作以上の描写で描かれるとしたらかなり読む側にとってハードな内容になりそうで怖いです。
また、本作の羽黒が次作『怨歌』の主要キャラクター西城を内包したキャラクターになってしまっている為、どの様に差を持たせるかが興味深いです。
但し、本巻の後半80頁は心身ともに深い傷を負った青鹿先生の手助けをする神明の優しさが読者に対するセラピーにもなっています。
今の時代、狼男をただ格好良く描いた作品の方が歓迎されたかもしれませんが、原作を咀嚼した脚本の田畑、作画の余湖、泉谷各氏が安易な道を避けたのも理解出来ます。
時間を置いて再度読み返してみたい作品です。