楼蘭 (新潮文庫)
久しぶりに読み返す機会がありました。表題作を含めて12の短編集です。表題作の「楼蘭」という地名は当時の現地の呼び名「クロライナ」に漢字を当てたものですが、あのように美しい漢字が当てられていなかったら、ここまで日本人のロマンを呼び起こさなかっただろうなとも思います。
表題作はヘディンの「さまよえる湖」に想を得た、砂の中に埋もれたかつてのオアシス都市の物語。穏やかな筆致で、さらさらとした砂の中から現れ、消えていった都市の運命が描かれます。
個人的ベスト3は、「狼災記」「褒・(ほうじ:漢字が出ませんでした)の笑い」「補陀落渡海記」です。「狼災記」は中島敦の「山月記」に比されることも多い人間の変化ものですが、山月記よりももっと冷たくて厳しい結末が待っています。「〜笑い」は、笑わない寵姫が夷敵来襲ののろしを見たときにふっと見せた笑顔が忘れられず…という傾国の美女ものです。のろしの火と美姫の笑顔の取り合わせが美しく印象的な作品です。「補陀落渡海記」は和もの。主人公は、代々の住職が生きながらにして海の向こうの西方浄土を目指さねばならない寺で住職となってしまったがために…という主人公の迷いと周囲の期待(煽り)の息苦しさがすさまじいです。
いずれの作品も読後に「あぁ…」と思いますが、重苦しい余韻が後をひくということはありません。主人公らのたどる運命は、むしろ少し輝いて見えたりします。これは希代のストーリーテラーと評された著者の筆のなせるわざですね。描かれた世界を感じるのが心地よく、何回も読み返したい短編集です。