麦秋 [DVD]
紀子三部作の第二作。日本人必見の映画であることは疑いないが、何が本作を特別なものにしているのか?
まず、他の小津作品に共通する要素が数多く登場し、反復・変奏を本質とする小津映画のファンにとって時間の流れに身を任す悦楽に満ちている。娘の縁談、ユーモラスなまだ子供の兄弟、朝食風景に始まる食事と会話の場面の多用、家が小料理屋の友人、結婚組と未婚組の会話、北鎌倉駅と電車での出勤、次兄の不在に象徴される戦争の影、父母の老い等が、バランスよく盛り込まれている。
では本作のハイライトは? それは杉村春子が原節子に打ち明ける場面。二人の台詞と演技は最高だ。三世代家族の分解のきっかけを作った原節子が涙する場面も良い。
上記ハイライトでめでたしめでたしとはならずに、古き良き大家族の緩やかな解体と諦念を続いて描く点が、東京物語は誰にでも書けても、本作はちょっと書けないという野田高悟の発言につながるのだろう。「みんな段々遠くなる」「いつかはこうなるんだよ」という台詞が心に染みるし、家族の集合写真撮影と埴生の宿を奏でるオルゴールが印象深い。
夫婦善哉 [DVD]
「好きだ!」とか「愛してる!」の台詞はほとんどでてこない。恋愛をはぶくんでいく過程も描かれない。だから、登場人物の二人がなんで相手を好きになったかも明確にはわからない。
しかし、傑作の「恋愛映画」であることは間違いがない。映画が終わった後は、人間の情欲の奥深さに圧倒される。
「おばはん、よろしゅう頼んまっせ」。雨の降る中、すべてを失った柳吉が蝶子になにげなくこの台詞をかけるラストシーンに向けて、物語は進行する。
事件らしい事件がおこるわけでも、複雑な人間関係があるわけでもない。でも、二人とも、社会や他人と折り合いがつけることが困難で、少しづつ何かを失っていき、相手以外の居場所をなくしていく過程が物語の主軸である。
世界の中心で愛で叫べば、そこに恋愛が成立するほど人間関係は甘くはない。「愛を叫び」恋愛を獲得するのではなく、喪失を繰り返し「これ以上どこにも行けない場所」が見つかる(見つけるのではなく)。恋愛の本質などわかるはずもないけれど、私はどうしても、本作や「浮雲」や「洲崎パラダイス 赤信号」など日本の傑作恋愛映画が描いてきた恋愛に惹かれるのだ。
ちなみに、その喪失の過程での森繁久弥の「少しずつ行き場を失っていく」演技が本当に素晴らしい!特に、実家から勘当されることを聞かされ、蝶子の部屋に戻り、昆布を煮るシーン。ただごとではない。ぜひ、映画館の大画面で見て欲しい。