逍遥の季節 (新潮文庫)
江戸時代に技芸に魅せられた女性たちが主役の短編集です。
三味線、画家、根付、糸染、髪結、活花、踊りなど様々ですが、人によっては囲われの身でも、たとえ恋に破れても、芸に生きたから、また芸に生かされたからこそ、芯のある女性が、その実たおやかさも持つ女性が、どの作品からも感じられました。
さらに物語を通して、技芸の面白さも垣間見られ、とくに糸染の奥深さには、すごく興味がわきました。
ただ乙川氏の本は、かなり読み応えがあった、同時代の女性蒔絵師が主人公の『麗しき花実』の後だったので、本書は短編ということもあり若干物足りなさを感じ、根付師の話など何編かは、もう少し話を膨らませて中編ぐらいで読みたかった気もします。
そうは言っても、余韻に浸れる読み心地のいい本で、全編を通して、しっとりという言葉が似合いそうな作品集でした。
闇の華たち (文春文庫)
最近の時代小説は町人物が主流で武家物も歴史もの・チャンバラもの以外は本当に少ない。
この6編の短編は正統派武家物というか、いずれも身に起きた出来事を通して武家の生活の断片を鮮やかに見せてくれる。それにしても乙川節というのか、この人の文章は、全くこれ以外に表現しようがないような中身の濃い文章である。プロだなあとしみじみ思う。読み始めるとすぐに目の前にぱあーっと情景が立ち上がってくるのだ。
特にお気に入りは「面影」。「桜田門外の変」という歴史的な事件に関わった佐倉藩士の述懐なのだが、意外性のある視点でこの事件を振り返っていて興味深い。この文章を読むと寡作なのは当然かと思うが、願わくばもっといっぱい読みたいなあ。
生きる (文春文庫)
乙川さんの作品は、郷愁から始まることが多い。
すべてを終えた回想の場面からスタートし、そこから何があったのか訥々と語られる小説だ。
この本に収められている中編3作のうち、「安穏河原」と「早梅記」がそれに当たる。
しかしただ単に回想と思い出の羅列で終わらず、緻密な構成で読み手を引き込んで行くのがこの人のうまいところである。
その面白さは短編では描ききれず、長い小説でこそ味わえる。
この3編は、そんな乙川さんの妙味を堪能できる手頃な中編集だと思う。